現代バーベキュー学【概論】

バーベキュー・コーディネーター

藤田 勝(応用バーベキュー工学)

では、講義を始めます。

まず最初にお聞きします。「はい」か「いいえ」でお答えくださいね。あなたは、バーベキューがお好きですか? 「いいえ、嫌いです」という方、おそらくこの先をご聴講いただいても得るものはあまりないと思いますので、ご自由に退室してくださって結構です。ただし、ご聴講いただいたのち、嫌いであったバーベキューが好きになる可能性もひょっとしたらあるかもしれません。そこに一縷の望みをかけて聴いてみようと思われる方には、この講義室から追い出すつもりはありませんのでご安心ください。

「はい、好きです」とお答えになった方。では、あなたはなぜバーベキューが好きなのでしょうか。その理由を考えてみてください。みんなで食べると盛り上がるから? 炭火で焼くとおいしいから?

バーベキューに対するスタンスは人それぞれ、そこに正解など存在しません。ただ、応用バーベキュー工学的見地から申し上げると、「盛り上がり重視」派の方々には、いくつか大切な要素が見落とされている可能性を否定できません。そのことについてはこれから追々、この講義の中で解説していきたいと思います。また、バーベキューといえば炭火調理が一般的であろうと思いますので、バーベキューのベースを炭火ありきとして見ていきますが、炭火に対する誤った認識も広く認められるようです。炭火での調理においては、炭火に対するいくつかのクリアすべき案件を考慮する必要があるにもかかわらず、炭火でありさえすれば万能と思っておられる方がじつに多い。そのあたりについても詳しく解説していきたいと思います。

バーベキューに何を求めるか

炭火でバーベキュー、盛り上がりますよね。日常的に炭をおこして調理すること自体、現代ではあまり見られなくなりました。電磁調理器具が広く普及した昨今では、なおさら火を目にする機会すら減ってきていることでしょう。火を起こして、その火で直に調理する野趣感覚、それこそがバーベキューをして無条件に気持ちの高揚を誘う源なのだろうと思います。「炭火で肉をあぶって食ってやったぜ、ワイルドだろ⁈」と叫びたいあなたの気持ち、よくわかります。バーベキューを開催して、こういった気分の高揚が得られないようであれば、バーベキューなどやらないほうがましです。どうせやるなら、盛り上がったほうが楽しいにきまってますから。その意味で、「盛り上がり重視」派の皆さんを否定する気は全くありません。ただ、バーベキューは食事である、ということも決して忘れてはならない重要な要素です。というか、そもそもバーベキューって「おいしくいただいてなんぼ」のものなんじゃないですか? 炭火調理による非日常性、その先にあるおいしさの満足感、この2点が整ってこそのバーベキューだと思うのです。どうせバーベキューをやるなら、そこを目指してみませんか?

核心は炭火にあり

「炭火を使うと遠赤外線の効果で肉がおいしく焼けるんだよ」と皆さんおっしゃいます。遠赤外線が具体的にどういうものであるかはさておき、この事実はたぶん正しいことなのだろうと思います。とはいうものの、実際にバーベキューをやってみて、経験として「炭火調理、最高!」と思った方、「いつものキッチンで作る料理なんかよりずっとおいしいわー」と思った方、どのくらいいらっしゃるでしょうか? 胸に手を当てて、自分に正直になってみてください。炭火にあぶられて火が出たり煙が出たり、そんな喧騒の中で勢いにまかせて食べたバーベキューの食材。タイミングを逃すとすぐに焦げ、焦げてるわりには、中の方が生っぽい肉や野菜。今、冷静になって考えると、そういうものに遭遇したことが多くなかったでしょうか。遠赤外線の効果でおいしくなっているに違いないと思い込むだけで、かなり適当な焼き加減であってもおいしいような気になる、そんな、ある種の催眠効果のようなものが炭火にはある気がします。もちろん、調理用の熱源として炭火には優れた性質がある。だから、上手に炭火を活用できるなら、言い換えれば上手に遠赤外線を利用できたなら(じつはここに近赤外線というものも絡んでくるのですが…)、格段においしい炭火料理を作れるはず。というわけで、炭火の使い方に精通することが、バーベキューのクオリティー向上には最も重要であると、まずは提起しておきましょう。よろしいですね? 

大雑把に言って、バーベキューのための炭火には、良い炭火と悪い炭火があります。良い炭火が実現できれば、おのずとバーベキューはおいしくなるのです。ただ、ここで問題となるのが「盛り上がり重視」派の存在です。この方々は、網に乗せた肉が短時間で、それこそ炎に包まれるような勢いで、派手にバンバン焼けていかなければ気が済まない、それなくしてはバーベキューをやったような気がしないという人々ですね。これはこれでバーベキューのあり方のひとつではあるのですが、この状況を演出してくれる炭火は悪い炭火であることがほとんどです。

良い炭火と悪い炭火

炭に着火すると、黒かった炭が真っ赤に変わっていきます。個人的には、この炭火の赤々とした色、大好きです。赤い色は心理学的にも人を興奮に誘うと言われていますよね。赤くなった炭を眺めているだけですでに気持ちは高ぶっていきます。この真っ赤に燃え盛る炭火、応用バーベキュー工学的には悪い炭火に区分されるものと心得ておいてください。炭の大きさと量、炭火と焼き網の距離にもよりますが、真っ赤に見える炭火の熱量は強力です。当然、遠赤外線も出まくっていますから、焼き網に乗せた食材はあっという間にその表面が焦げ始めるでしょう。音もジュージューとにぎやか、煙も立ち、バーベキューやってる感は満載、やれ焼けそれ焼け、わっしょいわっしょいで大盛り上がりだろうと思います。宴もたけなわ、「盛り上がり重視」派の方々にはこたえられないところですが、油断は禁物。真っ赤な炭火の火力により、肉も野菜もその他の食材も、中に火が通る前に表面から炭化が進んでしまいます。平たく言えば、焦げて炭になるわけですね。バーベキューの目的は美味しく調理することで、炭を製造することではありません。「炭は炭焼き小屋で製造していただきたい」、バーベキュー・コーディネーターとしては声を大にして訴えたいところです。

真っ赤であった炭は、少し様子を見ていると、その表面に白い灰の層をまとってきます。この状態の炭火を「熾き(おき)」と呼び、炭火調理には最も良い炭火とされています。詳しいところは後日、現代バーベキュー学・各論「炭火とその技術」で講義する予定ですが、簡単に言えば遠赤外線が表面を、近赤外線が内部を加熱してくれるということですね。ただし、真っ赤な炭火の時と比べて加熱がじわじわと進む分、焼き網の上の音や煙、発火などが派手派手しくは起こりませんから、にぎやかさを求める「盛り上がり重視」派の方は物足りなさを感じるかもしれません。ともあれ、炭火料理のあるべき姿、理想形はここにあります。

かくして皿には山ができ

「盛り上がり重視」派とともに、ちょっと困りものなのが「焼き網満載並べ」派の方々です。思うにこの方々には悪気はない、むしろ「みんなにおなか一杯食べさせてやりたい!」という思いやりにあふれた親切心の持ち主(もしくは、ただただ食べまくりたい食いしん坊)なのだろうと推測されます。常に焼き網の上を食材でいっぱいに埋め尽くし、休みなく焼いていく「焼き網満載並べ」派。バーベキュー開始直後であれば、時まさに高度経済成長期、好景気にどんどん消費が進んでまことにありがたいところですが、やがて景気は低迷、食欲も徐々に停滞の方向へと向かいます。しかし「焼き網満載並べ」派は焼き網上が食材で埋まっていないと落ち着きません。結果、何が起こるか。焼き網の上は焼きあがった肉であふれ、それらは目についた周辺の取り皿へと次々に配布されていき、油断していると5枚、6枚積み上がることになるわけですね。取り皿に積まれた肉は徐々に冷え、溶けていた脂肪も白く固まるにつけ、食欲減退に拍車がかかっていきます。手を付けられない焼肉の山は廃棄される可能性大。食材の廃棄問題がクローズアップされる現代において、この状況はまことに好ましくないと言わざるを得ません。ときには、それを憂いた「もったいない」精神の持ち主(比較的高齢者に多い傾向あり)が、無理して食べきろうとする姿も見受けられますが、これはこれで健康に良いとは言い難いですね。親切心で始まったこととはいえ、食べきれないほどの量の食材を後先考えず調理してしまったことにそもそも問題があったわけです。かつて中国では、食べきれない量の料理を準備して食べ残しの出ることこそが最上のおもてなしとされる風潮であったそうですが、いまや人数分の量、食べ残しの出ない皿数を良しとする(というか、そうしなければならない)ようになったのだとか。中国でさえそうなのですから、我々も考えを改めなければなりません。せっかくのバーベキュー、盛り上がることは大切ですが、場の空気に流されない冷静な観察眼をもって調理にあたっていただきたいと切に願います。

星に願いを、下戸に祈りを

バーベキュー料理をよいものにしたいという観点から申し上げるなら、バーベキュー・コーディネーターの役割を果たせるメンバーが一人ほしい、ということですね。この場合のコーディネーターとは、その道に精通した人材である必要はありませんよ。ヘタに精通した人物だと(もちろんその人の性格によりけりですが…)、鍋奉行の振る舞いとして話題にのぼるような、逆に厄介な面が露出してくることもあるでしょうから。炭火の見張り番程度がこなせれば十分だと思います。5,6人集まれば、その中に一人ぐらいそういうボランティア精神にあふれた人材は混じっているものです。そしてその人材が下戸(げこ)であるなら、なお申し分ありません。バーベキューにおける下戸の存在は極めて貴重です。何しろずっとシラフでいてくれるのですから。

業務としてバーベキューをコーディネートするのであれば別ですが、バーベキューを楽しむ仲間の一人として参加した以上、コーディネーター役を買って出たとしても飲んだり食べたりしたいのは当然のことです。ただ、お酒が入るとどうしても、コーディネーターの能力は低下していきます。経験をもとに申し上げるならば、最初は活発だったコーディネート作業も、酔いが回るにつれて「ま、いいか」と適当さを増し、確実に動くのが面倒になっていきます。おなかが膨らんでくればどなたも動きが鈍るのは当然です。ですが、意識混濁の酔っぱらいに比べればシラフであるということだけで下戸の皆さんは優位に立つことができるでしょう。「下戸の優位性」、ここにバーベキューの質向上のカギがあるような気がします(もちろん、酔っぱらっても支障なくコーディネートを継続可能な強者がいれば、がんばっていただくことに何の問題もありません。むしろ努力目標として今後の課題とされることを期待します)。

なお、くれぐれも申し上げておきますが、「下戸にやらせる」などという意識は捨て去ってください。これではやらされる方もたまったものではありません。「いいよ、やるよ」といってくださる下戸の方に対しては、参加メンバー全員、「下戸様にお導きいただく」というへりくだった姿勢で手を合わせ、心からの敬意をもって対応していただきたいと思います。下戸こそバーベキューの希望の星。ビバ、下戸! 下戸に祈りを!!

では次回の講義、現代バーベキュー学・各論①でお会いしましょう。

Have a nice BBQ!

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